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あのデコめが。  (スカサハとドズル)


 親父はどうも、ドズルの男だったらしい。それを理由に、ドズルを任せるよと言われるようになっていた。
 スカサハはそれらの愛情ある言葉を、はあ、と素直に受け入れていました。ドズルは聖戦で闇に身を沈めそうになっていたし、縁ある者ならばその汚名を雪ぐことは、なるほど、道理です。だからスカサハはドズル公爵になるように要請されたときも、ハイ、と返事をしたのです。やりましょう、出来る限りのことをとセリスに誓ったのです。
 終戦後、ドズル公爵領に妹ラクチェとその恋人にして彼らの従兄ヨハン、同じく従兄のヨハルヴァと、大所帯で帰還したのです。早速に公爵が座るべき椅子などに案内され、妹と従兄弟たちに急かされ座ってみるものの、どうにも居心地が悪いのです。照れてる! と、妹は言うのですが、どうにもそれとは違うような気がするのです。
 反芻して思い悩む間もなく、誓約式、お披露目など、様々な日程が決まっていきます。かりそめの公爵様は、本物になるために様々なことを覚え、こなさなければいけません。小さな宮廷の主は、早速に自分の身はもう自分だけのものではないことを知るのでした。そして、とうとう翌日に公爵として正式に宣誓するという時に、しかもその晩に、突然に妹たちを呼び出したのです。
 こんな時間にと言う彼らに向かい、公爵の椅子に座らず、窓辺で待っていたスカサハは口を開くのでした。

「明日、旅立とうと思っている」
「……は?」
「だから、明日、ここを出る」
「スッ…スカぁ!?」
「当てはないんだが、ウーン、シレジア? か、ウェルダン? 多分、シレジアかな」

 妹ラクチェはずかずかと兄の懐に入り込みます。

「なっ、何言ってンのよ!? 明日よ、明日には、アンタ、ドズル公爵よ!?」
「やめる」
「やめるー!?」

 大声を出したのはヨハルヴァ。スカサハの襟首を引っつかんだのは、勿論、妹のラクチェ。

「痛いぞ」
「苦しめ、アホっ!」
「怒るなよ」
「怒ンないバカがいるかっ!」
「ま、離せよ」
「離すかー!」

 ラクチェはスカサハの着衣ごと首を絞めかねない勢いです。それを見て、落ち着いて、とヨハンがラクチェに声をかけると、デモォ、と言いながらラクチェがスカサハを離しました。やっと一息が付けるスカサハは、重めかしい樫の机に寄りかかり、襟元を直しました。それらを恨めしそうにラクチェが睨みます。
 ヨハルヴァが、一体どうしたことなのかと尋ねると、スカサハは同じ言葉を繰り返すのです。

「ドズルを放り出して、何をしようってんだ?」
「今のところ、傭兵」
「よーへーって……オイオイ、兄弟よお……」

 呆れ顔になってヨハルヴァが言うと、ラクチェが後を続けます。

「デルね!? デルに誘われたンでしょ!?」
「いや」
「そーよ、そーに決まってる! デルムッド、あいつ、アグストリアに行くくせに傭兵家業するって言ってた!」

 親愛なる友人にして、頼もしき戦友、デルムッド。彼はその血の貴きを知りながら、己の腕一本で生きていくと覚悟を決めた人です。とりあえずはアグストリアへ、と発言したときの場の静けさ、今でもまざまざとラクチェは思い出すことが出来ます。従兄弟で主筋のアレスもアレスで、雇い賃の交渉を始めるのですから、ラクチェはバカだこいつらと心底から思ったものです。
 数本の剣と、一頭の馬。それだけを旅の供に、フラリと旅立った背中。見送ったときはなにやら物悲しかった味を振り返り、ラクチェは許すもんかとスカサハをより一層に睨みつけるのでした。

「違うって。アグストリアもいいかなーとは思った。でも、俺はシレジアかなーって」
「スカ! アホ! カス! 騙されないんだからね、あたしは!」
「フィーはアーサーんとこ行って、セティもひとりで大変だろうなーと思って」
「他人の心配する前にうちのことやれー!!」
「尤もなんだけど」

 スカサハの声が、からかいを混ぜてラクチェに与えられました。ラクチェが身を乗り出し、ヨハンが口を開き、ヨハルヴァが頭を抱えたところで、スカサハの右手が動きました。待て、と彼の手が命じます。

「まず、誤解してもらいたくないことを、伝える。俺、あんまり話がうまくないから」

 スカサハは真っ直ぐに立ちます。そして真正面から彼らと向かい合います。
 ほんのりとした微笑さえ浮かべることはなく、真一文字に口を結んで。この様子に、部屋は静かに、静かになりました。窓の外の夜鳴き鳥の声が聞こえるほどに。



「いいです。謝らないでください」
「怒ってもくれないのかな」
「ええ。ぼくは大抵のことならば、予想がつきますから」

 ヨハンはそれこそ困った、という顔になります。それを見て、コープルは笑います。
 神の血を背景に君臨するものは、教会首長の祝福がなくては完全に認められない。これは神の血を利用し、または利用され、祀られた人間たちに課せられた誓約でありました。
 コープルはその宣誓を見届け、祝福する役目を帯びて領内入りをしました。その到着は儀式が始まる直前でした。
 大幅な遅刻をしてみせた少年は笑いながらヨハンに近づき、ドズル公爵、と呼んだのです。そして、困惑する彼らに向かい、スカサハ殿はもういらっしゃらないのですものと言ったのでした。

「なによ、知っていたなら前もって教えてよ」
「教えたところで、結末は変わりませんから」
「運命だっていうの、これが?」
「自らで選んだのならば」

 ラクチェは恨みがましくコープルを眺めます。コープルはそれが可笑しくてたまらず、にこにこと笑顔を見せ続けていました。

「……そーよ。そーよ、あたしたちが選んだもん。あたしたちが決めたんだもの」

 そう、彼らは決めたのです。スカサハの選択を理解し、受け止め、送り出すことを決めたのです。
 ドズル公爵にはヨハン、その夫人にラクチェ。補佐するは出来のいい弟のヨハルヴァと。
 三人で支えてみせると、見事にしてみせると、啖呵を切ったのでした。――そしてスカサハは宣言どおりに、朝日が出ると同時に、去っていったのです。

「コープル殿」
「はい」
「我々は、スカサハ殿を誇りに思っております」

 ヨハンが膝を折り、コープルを見上げます。目線の差はそれほどなく、ヨハンの大柄さとコープルの小柄さがやけに際立った光景が出来上がりました。
 それに倣い、ラクチェも、ヨハルヴァも、そして遠くから見ているだけであったこれからのドズルを支える皆々が、大礼拝堂に膝を折りました。切り色硝子から差し込む青い陽光に頬を照らされたヨハンは、堂々と、しっかとした口上を捧げました。

「彼の信頼と、友情と、総ての善き心に誓います。――どうぞ私を公爵にお認めを」
「あたし、……わたしも誓います。兄の愛情と信頼に背かないと」
「俺も誓う。この地を決して離れることなく、この血に従う」

 コープルは、ふんわりとほほえみました。
 手に持つ、一本の質素な杖の先端をそっとヨハンに向けながら。



 俺は、みんなで幸せになりたい。
 でも、どれだけのひとを、俺ごときが幸せにできるんだろうなあって考える。
 あんまり居ないんじゃないかって思った。
 じゃあ、どうすりゃあいんだろう――そんなことを考えてたら、剣が目に入ってくるんだよ。
 剣と、俺の手が。
 そしたらさ、そっか、これがあったよな、って。
 みんなで幸せになるなら、まず、戦争を終わりにしなきゃいけない。
 戦争というか、内紛というか……戦争はまだ終わらない、終わっていない。
 せめてこれから生まれてくる子供たちに、剣や斧や槍を取れと教え込まなくてもいい時代のために、戦争そのものを、せめて終わりにしようと思った。
 俺には、その力が、微力かもしれないけど、あるんじゃないかと思えた。
 せめて戦争を終わりにしたい。
 せめて、それくらいをしたい。
 そう、思ったんだ。
 俺として、俺が出来ることを。


 ――別れの朝、ラクチェは泣きながら兄の胸で愚痴を垂れました。

「デコムッドに、一生恨んでやるからねって言っておいて」
「おいおい、デコはないだろ、デコは」
「いいの。あたしのスカを盗ってく奴は、デコムッドで充分だわよ」

 関係ないって言ったのに、とスカサハは妹を抱きながらぼやきました。その姿にヨハンとヨハルヴァも思わず微苦笑してしまいます。
 ラクチェは一層、兄をぎゅっと強く抱いてすねたように言いました。

「あのデコめが」

 






■父レックスのスカサハは傭兵

一生傭兵で、一兵士で居続け、諸国を歩き続け、不穏な芽がないかを見て回る。
樹木医のようなことをしているという妄想をしています。

スカサハは女運はあるけどすぐフラグが折れるタイプとも妄想済み。

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