忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

沈黙ブルウ  (デルムッドとユリア)


 セリスは騎士でした。礼儀正しく、潔癖で、人に優しく、誇り高いひと。
 ひとめで、彼は違う、とユリアは感じ得ました。だから、視線は縫い止められ、その人を追わねばならないと思えたのです。彼からの特別の優しさはユリアを潤し、勇気付けたのでした。セリスを目の端で追っていくこと、そうしてしまうこと、これは恋なのかしらと思う日もありました。
 ですが、これは恋ではなかったのです。
 言い切れます。断言できます。なぜなら、ユリアは今、恋をしているからです。

「お兄様、お拭きになってください」
「いい」
「ですが、ご気分が悪いでしょう?」
「別に」

 戦は、苛烈を極めています。もう、戦も終わり。あといくつ夜を明かせばすべてが終わるか、そんなことが計算できるようになったほどなのですから。
 時代なのでしょうか。時代を逆行するのは、一体どちらなのでしょうか? 時代、この不可視たるもの。これにたゆたうようで、おもねるようで、それでいて反抗的な人間たち。融合と、反発とを繰り返す人間たち。みな、明日を求めているはずなのに、刃を交え、血潮を流し、路を拓く。業とも、因果とも言える、この繋がり。
 ――ユリアは心底に思うのです。救われたい、救いたい、と。

「いいよ、気にするな。汚れるぞ」
「私はっ」

 ユリアは彼を見つめます。騎士と言われることをこの上なく嫌がる男、デルムッド。その側に、真白いハンカチを握ったまま素っ気のない兄を見つめる妹ナンナ。麗しい絵のような兄妹は、仲があまりよろしくないとつとに有名でした。
 事実、ユリアの視線の先で噂を肯定するような光景が見られるのです。右半身を返り血に鎧から顔から染まったデルムッドが、頓着無げにしています。それを気遣って、ナンナがせめて顔なりともと思ってハンカチを差し出したのです。デルムッドはそれを無碍に断った、という場面です。この場面で、兄が妹を気遣うように、そっと微笑みなりとも浮かべれば人の口には上らないでしょう。しかし、デルムッドは格好同様に無頓着に、無表情に近く、また無関心にも近い顔をしてナンナを追い払おうとしている、ように見えるのです。
 ナンナは項垂れます。天にも地にもきょうだいと呼べる人はデルムッドだけというのに、と。再会したときの暖かな笑顔は嘘だったのか、と思えてならないほどなのです。

「さ、行け」
「お兄様」
「リーフ王子が負傷された。行ってやれ」
「……はい」

 ナンナは首をうっすらと縦に振ると、そのまましずしずと場を離れました。最後まで兄にハンカチを渡せぬまま。
 つめたいひと。ユリアは思います。それなのに、引かれてしまう不思議さ。
 血だらけの男は、フウ、と息を漏らします。その後で、バツの悪そうな顔をするのです。必ず、いつも。この顔を知っているから、ユリアはデルムッドは妹を愛しているのだ、と理解できるのです。愛しているけれど、遠慮している。その理由はわからないけれど。
 そして。
 嘆息する彼を見つめるユリアを、必ず、デルムッドは見つけるのです。ユリアは、必ず、これに気づいて顔を伏せるのです。
 ユリア、とデルムッドが名前を呼ぶ前に、必ず、ユリアはごめんなさいと呟くのでした。

「謝られても」
「ごめんなさい」

 近づくデルムッドから、乾いたとはいえ、血のにおいが漂ってきます。厭な、におい。ユリアは顔の筋肉が引きつるのを、はっきりと感じました。

「いいさ」

 血飛沫は、見事に右半身のみを染め上げていました。端正な顔に点々と残るものの意味をわからぬはずはありません。
 禍々しく、不浄なるもの。苛烈にて、清かなるもの。
 物語の騎士様ではなく、理想の貴公子でもない、現実の現実を生きる男。ユリアはデルムッドのそういうところに引かれるのです。ユリアにとって、デルムッドはひとつの引力なのです。引き付けてやまぬ、ではなく、常に引っ張り続ける存在なのです。
 これが、ユリアの恋でした。暴力的な引力の正体を、ユリアは恋と名付けたのでした。だから、あのセリスへの注目は恋ではなかったと断言できたのです。彼は、優しすぎる。

「……ナンナさんは、あなたが心配なのですよ」

 言っても無駄であると知っていても言うのは、なぜなのでしょう。ユリアはいつも思うのです。

「どうせ、もうすぐ離れる。それまでだ」
「一緒にいくと……聞きました」
「何処へ」
「アグストリアへ」
「行くけど」
「それならば」
「ナンナはリーフ王子とともに帰る。レンスター、もしくはトラキア」
「……離れてしまうから、そんな冷たく?」

 この問いにも、デルムッドは答えませんでした。薄く笑みを刷くだけで。

「あんたは?」

 ふいに、デルムッドが尋ねました。ユリアはどきりとします。
 戦後、どこへ行くか。どこへ帰るか。これは皆が口々に相談しあう事柄でした。故郷へ、あるいは新天地へと、一軍にまとまっていた皆が散り散りになっていく未来はもうすぐそこなのです。ユリアも当然のように考えていました。
 故郷と聞かれれば、バーハラとしか答えようがありません。育ったのは華麗なるバーハラ城であり、バーハラの街でありました。血筋からいってもユリアがバーハラに残ることは大きな意味がありました。――そして何より、バーハラ以外に帰るところなど、ありやしないのです。
 父はヴェルトマー公爵だったけれど、バーハラの女王であった母と共にバーハラ城にいました。父の故郷は正当な、真っ当に選んだところのアーサーが継ぐのです。母に故郷はあっただろうけれども、母は故郷のことを話したがりませんでした。森の中であったということだけが語られましたが、世界の中でいくつ森があるのか、それくらいはユリアでも勘定できることです。
 縁ある場所は、バーハラのみ。

「バーハラ?」
「あなたは」
「なに」
「どうして、アグストリアへ? お地筋?」

 バーハラへ、と言うのがなぜか怖くなり、ユリアはデルムッドに尋ね返しました。デルムッドはこの問いに、眉の間に谷を作って答えました。腕組みをして、少々不機嫌そうに。

「地筋もあるし、血もそうだ。ノディオン家の血、それもあるだろうけど、それが理由じゃない」
「では」
「行きたいってだけじゃ、理由にはなんないのか?」

 デルムッドは、言いました。
 ここまで行軍してきて、たくさんのものを見た。もっとものを見たいし、聞きたい。いろんな人間がいる場所へ行きたい。まずどこへ行こうかと考えたとき、とりあえず縁ある土地を回ろうと思っただけだ、と。
 とても単純なことでした。ユリアはなんて自由な人なのだろうと、なんて強い人なのだろうと心の底から思いました。

「アグストリアは、まだ荒れる。アレスが帰ったところで、どうにかなるまで三年はかかる。その間、傭兵をしていれば食いっぱぐれることはないだろう。――そんなもんさ」
「傭兵? アレス様の従兄弟殿なのですから、」
「厭だね」

 従兄弟殿なのですから、もっとお近くでお力添えをすれば、とユリアの言葉は続くはずでした。デルムッドはそれを遮り、一蹴しました。くっと口角を上げた、厭な笑みを見せて、ユリアを嘲笑するかのように。

「あんたは血筋に敏感だろうけど」

 ユリアは息を呑みます。その通り、ユリアはその血筋のお陰さまで混乱した生き方をしてきたのです。

「俺は血に使われたくないんだよ――誰も彼も、血、血、血、と言ってくれやがって」

 ――神が、血を、人に与えたそのときより。
 人は、この大陸の人々は、血に狂ってきた。
 血に。血ごときに。

「で、あんたはバーハラ?」

 デルムッドは再度尋ねました。
 ユリアは苦いものをかみ締めながら、ええ、と呟きました。
 バーハラへ、と。
 弱弱しくユリアが言うと、デルムッドは短く感想を述べました。

 いいさ。そうだと思ってた、と。





■デルユリはマイナーです

ゲームプレイ時、ユリアの恋人競争にたまたま勝ったのがデルムッドでした。
そこからはじまった妄想で、こんなん出来ました。

不良とお嬢はもえるよねー。

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © EN倉庫 : All rights reserved

「EN倉庫」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]