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身悶えする少女が目の前に居たら、あなたならどうしますか。
ふるふると小刻みに震え、時々、呻き声に似た危険な鳴き声をあげています。少女は目の前のテーブルクロスをこれでもかとばかりに握り締め、お陰さまでテーブルクロスの上の一輪挿しやらパンの入った籠やらが、今まさにその本来の役目を放棄せざるを得ないと覚悟をする時間が差し迫っているようでした。
「おい」
声を掛けても、少女は悶え続けていました。哀れではありません。この阿呆、と思うだけでした。
「おい、ティニー」
声を何度掛けても少女はテーブルクロスを離しませんでした。うんざりしたので、花瓶と籠を救出し、彼らを窓際へと避難させました。もちろんパンの皆様には、本来ならば淑女に捧げられるべきハンカチーフを被せて差し上げます。
ようやく自由の身になったテーブルクロスは静かにテーブルから舞い降りて、名前をただの布に変えました。この地方のよくあるパターン柄が染められたテーブルクロスには、ところどころお茶やらソースやらが落ちており、あんまり美しくない状態でしたが、そんなことは少女には関係ありません。布で、掴めて、身悶えの興奮を精一杯に受け止められる対象であればいいのです。
「この女はどうしてこうなんだ……」
悶えている少女の真正面には、窓。おそらくそこから見たのでしょう、恋する青年の姿など。
もしかして賢明に手を振った少女に気付き、手を小さく振り返してくれたのかもしれません。いやいや、そんなご褒美みたいなことではなく、ただ見ただけかもしれない――そうそう、恋した青年は昨日の今日まで本隊から離れていたのです。
と、まあ、この少女がこんな風になる原因も理由もたったひとつしかないのですから、なんと平和なことでしょうか。
「レスター様」
うっとりと少女は呟きました。よくもまあ、ここまで我を忘れることが出来るものです。それが恋よ、と言ってはお仕舞いなのですが。
「レスター様、やっぱりお慕いしてますわ……」
「おい、ティニー」
「なんてすてきなの、ああ、お戻りになったばかりで乱れた髪が……わたくしったら、きゃっ」
「きゃっ、じゃねえ、おい、オラ」
「外套が随分汚れて解れていらして……繕って差し上げたい……もう、でしゃばりね、ティニーったら! 」
なんでまた彼女を呼びに自分が指名されたのかさっぱり分かりません。同じタイミングで後詰の部隊を出すからなのですが、そのような希望を出した覚えはありません。誰だこの嫌がらせを仕組んだのは。
「レスター様……わたくし、わたくし、」
「レスター様レスター様うるせえぞ、他にもなんか言ってみろ」
あんまりにも彼女が鬱陶しいつれないので思わず、こんな言葉を呉れてやりました。すると少女は途端に振り向き、怒りが半分入った表情で見つめるではありませんか。
「他にもって――何ですの。デルムッド様とでも言えと?」
「呪いの言葉だろうが」
テーブルクロスを握ったまま、少女は呆れ顔でデルムッドを睨めつけるのです。
「レスター様レスター様言い続けて何が悪いんですの。大体、あなたがいけないんですのよ。普通、乙女が恋に悶えている瞬間を目撃したら何も言わずドアを閉めてレスター様とわたくしの仲を取り持つものなのに! いたわりという精神があなたには欠けていますわ!」
「どこの普通だそれは。そんなサービスうちにはない」
「投書しますわ、投書!」
「してみろ、赤で訂正入れて返答してやるぜ。恋文書きのティニー? スペルが三つほど間違ってたぜ」
「くっ……! レスター様に指摘してもらってドジっ娘アピールするつもりだったというのに……!」
先日、少女の書いた恋文を何の因果か、拾ってしまったのです。拾った方も何の因果だ、と思ったのですけれども。
まさか中身を読んではいません。それくらいの良識はありました。しかし、風のいたずら時のいたずら、まあ、結果的に読んでしまったのです。――レスター様、お慕いしています、の文字を。スペルは間違っていたのでレシター様でしたけど。
「ほら、とっとと行くぞ」
「行きますけど!」
ぱっと彼女は布を手放し、椅子に掛けました。ふくれっ面の彼女の腕を取り、ずんずんと大股で部屋を出ようとすると、唐突に叫びだしたのです。
「レスター様レスター様レスター様ぁぁぁああ!」
「俺が誘拐犯みたいに思われるような声は出すな!」
「レスター様レスター様レスター様ッ! 意地でもレスター様に助けてもらいます! 乙女の恋文を覗くのは乙女の下着を覗くも同然! 今決めました!」
「こらっ、逃げるなッ!!」
「いやぁああっ、レスター様ぁあああ!」
それはそれは――まあ、じゃれあいでした。
どこからどうみても完璧なじゃれあいでしかありませんでした。ぎゃあぎゃあと同じ年頃の少年少女が言い合い、逃げては追いかけているのですから。恋人たちの痴話喧嘩のような低温の必死さなんて全く無いのです。大変健全で清々しいと、誰が見たって思うはずでした。
彼以外は。
(声は聞こえないけれど)
生き生きと走り回る彼女が目に新しい、と思ったのです。彼の知る彼女はいつだって温和しく、慎ましやかで、俯きがちなのであまり視線も合わせられないひとでした。その彼女が、走っている。しかも、とても必死に。ああ、馬の嘶き、沢山の鎧の立てる音、そんなものたちが無かったら聞こえるでしょうに。
兄弟のように育ったデルムッドがあれほど顔色を変えて女の子を追いかけるとは。
(……仲が、いいんだな)
自分の妹にすら素っ気無い弟分。誰に対しても内気な少女。
ふうん、と彼は内心で呟きました。そうなんだ、とも胸に我が声が響き渡るのです。とても、不思議な反響の仕方をしていました。
(そうなんだ)
散開させるべき部隊の真ん中で、様々な音の真ん中で、思うのです。
今日の天気は素晴らしく、風も無く雲も無く、戦場は遠く――彼らもまた遠くにあると、思わずにはいられないような気がしたのです。知らない姿を見せつけられているようで、口の中がやけに苦くなったように感じました。
(そうなんだ)
離れた場所でも彼らの姿は良く見えました。彼らはまだ、こちらに気付かない。きっとあれが二人の世界というやつなのだろうと納得すると――
(くだらない)
と、彼は自らを嘲笑し、目を閉じました。一体何を考えているのだと自らを貶したのです。
再び目を開くと、すぐに様々な指示を下して散開を命じ、彼らが目に入らないように彼らから離れていきました。
(なにを考えたのだろう、私は)
くだらない疑問に答えはない。
雲の無い空を見上げながら、立ち去っていきました。
■ティニーさんの自作自演その4
弟分が先に彼女を作ろうとしているのにムカッときたのか、親切にしてくれる少女が他の男といてイラッときたか、あいつら仕事もしないでイチャつきやがってとカチンときたのか、お好きなのをお選びください。
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